2009年04月16日

ストリートチルドレンの夜

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 カンボジアの首都、プノンペンの大通りで、ストリートチルドレンにあった。兄弟なのだろうか、その幼い子供たちは3人組だった。砂利や釘、ガラス片などの散らばる決して安全とはいえない路面を、裸足で歩きながら必死にゴミ拾いをしていた。


日はとっくに暮れた夜の街を、外灯を頼りにペットボトルを探す子供たち。そんなつらい仕事をして、一体いくらの報酬が彼らの手に入るのだろうか?それがなんの問題解決にもならない偽善行為だと知りながら、私は黙って彼らを見過ごすことが出来ず、ポケットの小銭を与えてしまった。


全部足しても100円にもならないはした金にもかかわらず、大喜びでお礼を言う子供たち…やはりこの子達の後ろに、ただ同然で彼らを使って搾取する、大人の影を感じずに入られなかった。


普段はテレビでどんな感動的ドキュメンタリー番組を見ても、フーンぐらいにしか思わない心の乾いた私だが、さすがに生で遭遇する、あどけないストリートチルドレンの姿にはグッと来た。


長年続いた内戦も終結し、この国が復興にむけて経済成長真っ只中であることは事実である。だが、その一方で我々先進国が積極的に介入してでも解決すべき問題が、確かにあることも間違いないようだ。

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posted by 鈴木亮介 at 18:40| 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム・カンボジア縦断記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月02日

ブラジル移民成功物語

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 ブラジルへ渡った日本人が、黒人奴隷に代わるコーヒー園の労働要員として受け入れられたことは前項で説明した。では、その子孫であるブラジル日系人とは、主に農民なのだろうか?ブラジル渡航後の移民たちの足跡をたどる事で、その答えを明かしたい。


 ブラジルへ渡った日本人たちは笠戸丸(上記写真)を始めとする移民船に乗り、約2ヶ月かけて太平洋を横断、サントスという町の港に到着した。 
 そこからパラナ州、サンパウロ州を中心とした農業地帯に、それぞれ契約農民として移動して行った。今も上記2州の日系人比率が高いのはその為であり、私がお世話になったレジストロもサンパウロ州に属する。また、サンパウロのリベルダージには東洋人街という、日本や台湾、韓国人などが経営する商店が立ち並ぶストリートが存在し、かなりの確立で日本語が通じる。続きを読む
posted by 鈴木亮介 at 01:30| 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米大陸横断記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月31日

日系ブラジル人のルーツ

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 レジストロを語る上で欠かせないのが日系人。またレジストロに限らず、今回の南米横断の旅では様々な場所で日系人の方に出会ったり、日本人コロニー(居住地)の存在を知り、訪問したりした。事前知識としてある程度把握してはいたのだが、実際に出会った数とそれ以上に大きいその存在感は、全くもって予想外だった。
 南米、特にブラジルにおける日系人は、政治的にも経済的にも、間違いなく無視できない一大勢力と言っても過言ではないだろう。数の上では総勢150万人と、1億8千万の人口に対して1%にも満たないのだが、その活躍ぶりからその倍以上居るように感じたのは私だけではないはずだ。ただ悲しいかなその小柄な体格からか、スポーツ界での存在感の小ささは否めないのが残念なところではある。
 さて、ではその日系人の先祖である日本人達は、そもそも何故ブラジルに渡ったのだろうか?もっと近くじゃダメだったのだろうか?まずはそこから簡単に説明したい。


 ブラジルをはじめとする南米大陸に、日本から大々的に移民が到着したのはちょうど100年前、1908年の事である。続きを読む
posted by 鈴木亮介 at 02:14| 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米大陸横断記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月24日

日系人の街 レジストロ

 レジストロ

 かつてこれほどの歓迎を受けた街があっただろうか?今までの旅路を振り返ってみても、このレジストロという街ほど私を好意的に受け入れてくれた場所は存在しない。
 

 誤解を招かないよう一応言っておくが、ペルーからブラジルに至る長い旅路の中で、訪問した町の人々から、ひどい扱い、例えばよく言われるような人種差別的扱いを受けたことは一度もない。皆、アジア人旅行者である私に快く接してくれたし、言葉の壁に四苦八苦している時も身振り手振りで親切に対応してくれた。中には日本のことを良く知らず、私を中国人だと思っている子供たちも居たりしたが、それでも(彼らにとって)中国人である私に対して分け隔てなく、いやむしろ好意的に話しかけてくれた。
 だが、基本的に陽気で親切な南米諸国の街々の中でも、このレジストロはずば抜けていた・・・。私はこの街で過ごした日々を、そして出会った人々に受けた恩を一生忘れないだろう。


 そもそもこの街に訪れたのは、ちょっとした気まぐれのようなものだった。


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posted by 鈴木亮介 at 00:08| 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米大陸横断記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月14日

リオの公衆立ちション場

  リオデジャネイロでは、宿泊先のホテルから最寄の地下鉄駅まで3分ほど歩いていたのだが、その3分の道程の中でいつも鼻を突くような悪臭がするポイントがあった。下水道の臭いに似ていたので、最初はどこかの排水溝から風に乗って漂っているものだと思っていたのだが、答えは違った。それは下水などではなく、よりダイレクトな排泄物そのものの臭いだったのである。

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posted by 鈴木亮介 at 18:18| 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米大陸横断記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月03日

地獄の27時間移動バス

 
「いやー、着いたついた。やっとアスンシオンに着いたー!」パラグアイの首都、アスンシオンに到着したときの第一声である。乗りにも乗ったり27時間。 そう、私は丸1日以上もの間、あの狭いバスの中に閉じこめられていたのだ。これはもう、ちょっとしたバスジャックに遭遇したようなもの、いやそれ以上の時間である。なぜこのような事になってしまったのか?ことの発端は、サンタクルスの鉄道会社の対応の悪さにまでさかのぼる。

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posted by 鈴木亮介 at 15:00| 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米大陸横断記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

極楽気分の高級バス!

 
 3日間を過ごしたナスカを後にして、アレキパに向かう夜行バスに乗車した。いやこれがすごい。とにかくゴージャスな空間だった。前項で、バスの料金は移動距離やサービスの質によって異なる事を説明させてもらったが、バス会社の中にはそのサービスを売りにした会社が存在する。今回利用したクルーズ・デル・スル社もその一つなのだが、この会社のバス料金は高い。同じ路線、同じ距離を移動する同業他社の相場より、常に2倍以上の値段がかかる。しかしその分、とてもゴージャスでリッチな移動空間を提供してくれるのである。

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posted by 鈴木亮介 at 14:55| 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米大陸横断記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

旅人にたちはだかる難敵

 海外を放浪する旅人にとって、最大の敵はなんだろう。強盗?事故?もちろんそれもそうなのだが、襲いかかってくる頻度の高さを考慮して、体調不良を挙げさしてもらいたい。この体調不良のたちの悪いところは、身動きが取れなくなることで旅の日程が中断してしまうだけでなく、旅そのもののモチベーションを損なってしまうところである。つまりどうういことか、一言で言って旅が楽しくなくなってしまうのである。

 知らない国、知らない言葉、初めて口にする食べ物、今まで楽しくてしょうがなかった刺激的な体験ひとつひとつが、一転、全てマイナス要素に変わってしまうのだから。あれだけ飛び出してせいせいしたはずの祖国日本が急に恋しくなり、温かくて清潔な我が家でおみそ汁とご飯が食べたい、なんて弱気な発想がわき出てきてしまう。実に悲しいことだ。

 今回私が遭遇してしまった敵は、高山病と腹痛のダブル症状である。

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posted by 鈴木亮介 at 14:46| 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米大陸横断記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

南米の日本食レストラン

クスコの日本食レストランに行った。自分の中では、邪道としている部類の行動なんだが、ついにこのカードを切ってしまった。
ああいう場所は、会社の命令で有無を言わさず海外駐在員になった日本人とか、あるいは日本に行った事がないから食事だけでも日本を体験してみたい外国人とか、そういう人たちが行くところだと思っていた。つまり旅人である自分には無縁な場所だと。そもそも、自分の意思で勝手に日本を飛び出しておきながら、何故日本に居ればいつでも食べられるような食べ物を、現地の価格では割高な料金を払ってまで口にしなければならないのか?せっかく海外来てんだから、その土地の物を食べるのが筋じゃないか。そう思っていたのだ、いや、思っている今も。

だが行ってしまったのだ、それも2回も。なぜか?続きを読む
posted by 鈴木亮介 at 14:41| 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米大陸横断記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月31日

実録!値切り交渉術

 海外のみやげ物店には、決まって値札と言うものがない。なぜか?答えは簡単、それは相手を見て値段を決めているからである。金持ちそうな客、あるいは緩そうな客からはトコトンボッタくる、それが彼らの手法なのだ。彼らも飯を食っていかなきゃいけないし、それが商売というものなので、ある程度仕方のない事なんだろうが、それでも買う側としては、同じものを買うなら安いに越したことはない。また、みやげ物商人たちのカモである金を持っていて、財布のヒモが緩そうな客の条件に、多くの日本人が当てはまることも確かだ。


 そこで日本人のボッタクリ被害者増加を水際で食い止めるため、海外での買い物時に置ける値切り交渉の仕方を紹介したい。最初に断っておくが、これはあくまで私が今までの経験から編み出した独自の手法、言わば俺流ショッピング法である。だからこれが王道だとか、スタンダードだとか言うつもりはみじんもない。参考程度に目を通してみて、使えると思った所だけ取り入れてほしい。
ではまずわかり易く説明するため、悪い例から挙げてみよう。

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posted by 鈴木亮介 at 01:48| 雨| Comment(0) | TrackBack(1) | 南米大陸横断記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする